不登校の反対語て何?

 何やら禅問答みたいですね。
 
何か問題の本質について考えるときに、反対の言葉は何だろうと考えてみるとよいらしいです。

では、さっそく考えてみましょう。
明確な正解があるわけではありませんが。

「ありがとう」の反対語は「当たり前」
なるほど。たしかにそうですね。はっとさせられます。

「成功」の反対語は「何もしない」
成功と失敗は紙一重かもしれませんが、たしかに何もしないと成功は対極にありますね。

「愛」の反対語は「無関心」
愛と憎しみは裏表かもしれませんが、考えてみると愛と無関心はまるで別物ですね。

では、不登校の反対語は何でしょうか??

明確な正解があるわけではないので、考えてみてください。
あなたなら良い答えが見つかるはずです。

あくまでこれは私の答えですよ。

不登校の反対は学校に行くことではありません。

文部科学省の不登校の定義は「ある特殊な事情を除いて学校を年に30日以上欠席する児童」です。

文部科学省は国の機関ですので、客観性が求められます。
税金を使っているので誰からも文句が出ないようにしないといけません。

しかし、ここには客観性はあるけれども何か大事なものが抜け落ちている気がしませんか??

そうです。子供の「しあわせ」です。
そして、あなたを含めた「家族のしあわせ」です。

学校に行くのは手段にすぎません。エジソンは学校に行っていません。
石原慎太郎氏も学校に行っていない期間がかなりあったようですよ。。。

不登校という言葉は学校に行くことが前提になっています。

まるで「学校が主で子供が従」。

学校に行くことが目的になってしまってはあきませんな。。

なので、不登校の反対語は「家族がしあわせで、手段として学校に行っている」という状態です。

では、また!!