こんにちは。

『不登校というピンチをチャンスに変える』不登校アドバイザーの早野です。

先日、生徒とテニスをしていたら軽く足を挫いてしまいました(笑)

もっと運動しないと。。。

ピンチをチャンスにした事例

その帰りに羽生駅に寄りまして、親戚がやっているみやび亭というパン屋に行ってきました。

みやび亭

こちらは私の従兄弟がやっていまして、私が高校をやめたのとほぼ同時期に日産をやめて、その後10年ほど京都の有名パン屋で修行して開いた店です。

その当時は大企業を辞めてしまって大丈夫かという雰囲気もありましたが、今となってはお店は大変繁盛していて、やめてとても良かったとみんなが思っていると思います。

普通のサラリーマンの10倍は稼いでいるでしょう。。。

私も高校を辞めたことにより、そこから早稲田に合格することが出来たわけで、辞めて良かったと思います。

私のほうが高校の先生達よりも効果的な勉強法を編み出すことが出来たわけです。

火事場の馬鹿力という奴です。

『人生万事塞翁が馬』と言いますが、人生何が良いことで何が悪いことかはなかなかわかりませんね、というお話でした。

ここ何年かで学校を辞めた人もいると思いますし、転校した人もいると思いますし、会社を辞めた方もいると思います。

『人生万事塞翁が馬』と思って共にピンチをチャンスに変えていきましょう!!

私がこの仕事をしている因縁

私事なのですが、1月17日は私の祖父の22回忌です。

私の祖父は相当な良いおじいちゃんで私はかなり可愛がってもらいました。

これほど良い祖父というのも正直珍しいのではないかと思っていまして、松下幸之助とか盛田昭夫とかよりも素晴らしかったのではないかと思っています。

思い出としては私の祖父は相当な働き者で年中働いていましたが私の働き者な傾向はそこからきているのだろうと思います(自分で言うのも何ですが)。

先日『おじいちゃんは何であんなに働き者だったの??』と母に聞いてみました。

すると、おじいちゃんは小さい頃、両親が離婚してから継母にものすごいいじめられたそうです。

掃除、子守り、風呂焚き、などですごい小さい頃から働いたそうです。

その時にいろいろないじわるをされたと言っていました。

どんないじわるをされたかを笑いながら聞いていたのですが、その時に何となく今の自分が何でこの仕事をしているのかが腑に落ちた気がしたのです。

今自分がやっていることは自分のルーツから派生しているんですね。

私の祖父は器の小さい人間ではないので継母に対して恨みに思うようなことは無いと思いますが、そういうことのない良い社会を築いていきたいという意志はあったと思います。

お互い、良い社会を築いていけるように頑張っていきましょう。

合掌!!